制作価格の内訳を考える
皆さん、おはようございます。
朝の連続テレビ小説で、ヒロインが商売をするために物を作り、店を構え、販売を開始したはいいが、肝心な商品の値段を決めていなかったというシーンが有りました。当然その後で「商売をしているのにそんな基本的なことを決めてないのは何事か!」と、ヒロインの父親に怒られるわけなんですが…
よくよく考えると、物を売って代価を受け取って利益を上げるって、当たり前のことなんですよね…
それが当たり前じゃない由々しき状況ですよ!
その当たり前なことができていないのが、今日のクリエイター界隈であり、クリエイター買い叩きの主要因となっている節はあります。「プロでアーティストとして活動経験のあるわたしが素晴らしい楽曲を提供します 5000円」
なんでプロとして活動していたのにプロとして食えない数字が出てくるんでしょうか?
(もしプロの現場で作曲や演奏1曲で5000円しかギャラもらってなかったとしたら、クリエイターの買い叩きよりも遥かに重篤な問題があることになるわけだが)
フリーで請け負っている人であれば、この数字が的はずれなあり得ない数字であることはわかると思います。仮に1日2曲作れたとして、1ヶ月30日を制作に充てても…
30万円
身を粉にしてそれぐらい稼げれば問題ない、と思ったら、おそらくプロとして仕事をするのには向いていないのではないでしょうか。
1日2曲作れる、1ヶ月30日継続できる、それが実現できて出せる数字であり、実際、作業ができない日がある、体調を崩す可能性、不測の事態の勃発等がありますし、楽曲制作以外の要因(事務作業・交渉・仕事の獲得など)や、一人暮らしであれば生活に必要な作業も含まれます。
それに、1ヶ月で30万、年収換算で360万円ということにはなりますが…
これを1年続けるのですか?
更にを言えば、毎日2曲制作する仕事を、コンスタントに獲得できるという理論値なので、仕事自体がコンスタントに入らない、という前提を入れると、情勢は一気に厳しくなります。
そういうことです。
商売の概念がない安請負をした結果、真っ先に滅ぼされるのは自分です。おそらく、今現役でクリエイター業をやっている人の中で、最初期は買い叩きに等しい価格で請け負っていたという人は居ないでしょう。居たとしても、大多数は最初からまっとうな価格で仕事を請け負ってきたクリエイターたちであると思われます。
…はい、ここまでが前書きです。
制作価格の内訳を考える
これまで、自分の仕事に値段をつけるということを訴えてきましたが、それは単純に他業種の相場を参考にしたり、時給単価を決めて単純に作業時間で掛けたものを出すといったアプローチで算出したりしていました。
しかし、制作価格を決める上で重要となる、制作の代価を得ることで、代価をどれ位、何に充てるのかという点についてはあまり考えたことがありません。特に材料費がかかりにくいデジタルコンテンツの制作業務については、受け取った代価を何に使うのか、それを明確にすることが、買い叩きを防ぐ理論武装になると思います。
逆を言うと、一端の商売人は、それができて当然、とも言えるわけですが。
飲食店で例える
飲食業であれば…ここではチェーン店ではなく、個人の飲食店を基準に考えます。チェーン店の場合、他の売上の高い店舗で補う、多角経営で補うと言った、外的要因が出てきてしまいますので。
個人の飲食店の場合、売上が何を補うのかの内訳を思いつく限り挙げてみました。
材料費
材料自体の価格、材料調達にかかる費用(交通費・配送料)
手間賃
調理に必要な光熱費、調理・接客の手間に対する費用
人件費
従業員に支払う給与・物件の賃料および固定資産税
運営費
店舗メンテナンス・広報・会計・スキルアップのための勉学費用・事務用品・借入金の返済・厨房機器や物品の購入・不測の事態に備えた積立
生活費
経営者が生活をするために必要な資金≒当人の給与
これら全てを、店の売上で賄わなければなりません。
算出する方法としては、1日どれ位の入客があるのか、平均的な客単価はどれぐらいかで大まかな数字は出ると思います。もちろん、日によって大きくブレるわけですが、マイナス方向にブレることを危惧した方がいいため、月々の収入 ≧ 月々の支出でなければなりません。
但し、月々の収入 ≧ 月々の支出を実現するために客単価を定めた際に、それが世間の平均相場を大きく上回るというのであれば、今の経営自体に問題があるとしか言えないでしょう。客単価がべらぼうに高くなってしまっては、肝心な入客がありませんし。
クリエイター業で考えてみる
個人でフリーで営んでいる音楽制作に当てはめて考えたいと思います。
材料費
レコーディング費用(プレイヤー・スタジオ・エンジニアおよび現場への交通費)
手間賃
電気代、制作作業、事務作業
人件費
※個人である限りなし
運営費
機材メンテナンス・広報・会計・スキルアップのための勉学費用・事務用品・借入金の返済・新機材やソフトウェアの購入・不測の事態に備えた積立
紫色文字で示したものが、楽曲制作の単価として影響してくる要因となるでしょう。打ち込み完結の場合、レコーディング費用が無い分だけ一時的に値段は下がりますが、制作作業の度合いや制作にかかる時間がその分だけ上昇します。ただ、楽曲制作などのクリエイター業において、運営費がすっぽ抜けてしまっているケースは少なくないと思われます。特に緑色文字については、いざという時にそれがあるかないかで、最悪クリエイター業そのものが頓挫する要因ともなりかねません。
個人の生活費については、1ヶ月の制作収入から材料費や運営費を引いた残りを充てていく形になると思います。
不測の事態に備える
不測の事態に備えること、それにはどれぐらいの蓄えが必要なのか…それを把握することが、論理的に制作料金を決めることになります。
主な不測の事態は…
- OSアップデートで不測の事態が勃発
- ウイルスに感染する
- 作業機のOSが吹っ飛ぶ
- 作業機のHDDが吹っ飛ぶ
- 外付けHDDが吹っ飛ぶ
- 作業機周りのハードウェア機材が吹っ飛ぶ
- 天災、人災などで作業機が物理的に壊れる
- 作業機を買い換える
何れにせよ、制作中のプロジェクトの進捗が吹っ飛んだり、制作環境が麻痺したりといった仕事が進められない事態となり、それだけ時間を消費し、精神的にも大ダメージを被ります。しかし、不測の事態は、作業機が物理的装置である以上、避けることができません。
OSアップデートで不測の事態が勃発
MacOSだと特にそういう事例はないですが、WindowsPCだと多い印象があります。もちろん、MacOSなら安心かというとそうでもなく、DAWのアップデートが悪影響を与えるケースがあります。(Logicでは2016年2月ごろのアップデートがそれだった)
ウイルスに感染する
怪しい添付メールは開かない、怪しいダイレクトメールのURLはクリックしない、不穏なネット広告はクリックしないなど、予防が必要ですが、それでもネットをやってるといつの間にかトラッキングとかが潜むので、定期的なウイルススキャンとアンチウイルスソフトの導入がベターですね。
作業機のOSが吹っ飛ぶ
吹っ飛ぶときはだいたい突然。しかも修羅場に限ってそういう事態に見舞われる…
ただ、何かしらの前兆があるので、それを感じたら速やかにバックアップできるようにするのは大切だと思います。
特にメール。最近のソフトウェアは光学メディア媒体ではなくダウンロードが主流であるため、シリアルとプロダクトキーが書かれたメールを紛失すればソフトウェアそのものを失うことになります。
あとは、OSが吹っ飛んだ際のリカバリ方法をメモとして手元に残しておくことも。OSが吹っ飛んで作業機がただの箱になってからでは、OSをリカバリする方法は調べられませんからね。
作業機のHDDが吹っ飛ぶ
個人的にはこういう事態に遭遇したことはありませんが、頻繁に回せばいずれ壊れます。ただ、HDDはアクセスが遅くなる、アクセスすると内容を表示するのに時間がかかるといった前兆があるので、そこを予測できればそれなりには。
しかし、作品のプロジェクトファイルは、定期的にバックアップを実施した方がいいですね。バックアップ用の外付けHDDであれば1~2万程度で購入できます。
外付けHDDが吹っ飛ぶ
正直一番怖いのがこれでしょう。
作業機に保存したプロジェクトを外付けHDDにバックアップしておけば、作業機が吹っ飛んでも復帰ができますが、逆にバックアップしたデータを作業機に戻すとか、別のバックアップに移すとかを実施するケースは少ないので、外付けが吹っ飛ぶとそれで失われるデータはかなりの数に上ると思われます。
作業機周りのハードウェア機材が吹っ飛ぶ
これも怖いですね。
特にハードウェア機材は買い換えるにせよ修理するにせよ値段が高いので、最悪買い換えるぐらいの余裕は用意しておく必要がありそうです。
天災、人災などで作業機が物理的に壊れる
日本ではいつ何時、どこで大地震に見舞われるかがわかりません。
また、落雷や水害による水没といった風水害、盗難といった犯罪被害もそうですが、ちょっとしたはずみで破損してしまうこともあります。
ハードウェア機材同様、最悪の事態を想定して、どれぐらいの値段がかかるのかを大まかに把握しておくに越したことはないでしょう。
作業機を買い換える
不測の事態ということではないですが、作業機は最も身近なハードウェア機材である以上、経年使用で壊れる運命は避けられません。また、買い替えを考えていて、「この時期に買い替えたい」と思っていても、その時期に予定通り買い換えることができるとも限りません。筆者も「東京進出してから新しい作業機に買い換えればいいや」と思っていましたが、その計画は3年以上前倒しになりました。
長くなったので総括します
結論からすると、制作価格を決める要因となるのは
- どれぐらい作業量と時間を要するのか
- 外部発注を行う場合はその作業分
- 個人事業の運営費
- 不測の事態の積立
- 1ヶ月の生活費
- 月に無理なく請け負える仕事件数
といったあたりです。
不測の事態対策に必要な金額、個人事業の運営費については、年いくら掛かるかを単純に1年で受けられる件数の4~6割で割って(年50曲だったら不測の事態対策+運営費合計÷20~30)制作金額に載せておけばそこまで制作費が高騰することもないのではないでしょうか。
これらを踏まえて価格提示をするクリエイターが増えれば、安請負を例に挙げた買い叩き問題も減らすことができるでしょう。また、極端に低い値段で安請負するクリエイターに対しての不信感が生まれ、安請負が淘汰される方向に向かうことも期待されます。
但し、クライアントは基本的に、なぜこの制作価格の提示に至るのか、そこを理解している人は決して多くありませんし、安いからというだけで飛びつく人もいます。プロである以上、なぜプロなのか、それを心技体、そして論理で示すことができる…そんなプロのクリエイターが増えることを、願ってやみません。
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