クリエイターを、「食業」に。

サウンドクリエイターとしてフリーで活動する楽曲制作者、NR-Takaの、クリエイター問題に対してあれこれ考え、書き連ねるブログです

電車でマナーの暴力に遭遇した話

※今回の記事は攻撃的な表現を含みます。

 

皆さん、おはようございます。

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週末、久々に沼津の実家へと帰省していました。

しかし今回は、その道中で見かけた、現代社会が抱える問題について、洗いざらいお話しようと思います。

初めに申し上げておきますが、ものすごく怒りを覚えました。

マナーの暴力

熱海駅で沼津方面への電車に乗り換えしたときのことでした。

 

熱海以東からの電車(15両編成)の乗客が、熱海より西に行こうと3両の浜松行きに乗り換えるのですから、当然車内は混雑していました。

目の前には、小学校高学年ぐらいの女の子と、その母親が座り、その横に70代ぐらいの老齢の女性が2人立っていました。

こういう状況をはたから見ると、お年寄りには座席を譲ったほうがいいな、とは思うのですが…

そう思っていると、立っていた70代ほどの女性が、もうひとりのお婆さんに話をはじめました。予め断っておきますと、この2人、乗り合わせただけで関係性はありません。

その言葉に耳を傾けます…

その女性はどうやら長く海外に住んでいたようです。

「最近の日本の若者は情けないわね。こういう状況であればお年寄りに席を譲るべきなのに…わたしが住んでいた国では、まずお年寄りを見かけたら若者はすぐ席を譲るわよ…アメリカとか外国では当たり前のことなのに、情けない

その声は敢えて、周りに聞こえるような声の大きさで。

どうやら、そのお婆さんのすぐ横で座っている、小学校高学年ぐらいの女の子を標的にしているようです。それはすぐに分かりました。

確かにそのお婆さんに席を譲ったほうが、マナーとしては正しいです。

しかし、混雑した車内、休日の午後、何より、まだ小学生と思われる子を立たせようというのは正直どうなのでしょうか…仮に席を譲るべきと言うにせよ、本人も疲れているかもしれません。

電車は丹那トンネルをひた走り、次の駅まではまだ相当時間がかかります。他の席が空くことは期待できません。

マナーが棍棒と化した瞬間

しかし、しびれを切らした70代の女性が、ついに行動に出ます。

「お嬢さん、このおばあさんが座りたがっているのよ、あなたは若いんだから、席を譲ってあげなさい

その言葉を受け、その女の子は席を譲り、そこにお婆さんが座りました。

しかし、次の一言に、腸が煮えくり返る思いを覚えました。

「全く情けない…」

 

確かに、お年寄りを始め、身体が弱い方には席を譲ったほうがいいです。

それは、鉄道会社もマナーとして啓発しています。

特に、一駅が長い東海道線などの長距離路線では尚更のことです。

しかし、目の前で行われたことは…

 

「お年寄りには席を譲る」というマナーをもって

座っている相手の事情をも汲み取らず

「お年寄りには席を譲れ、若いんだから」と

マナーを棍棒として振りかざした行為でした。

敢えて言います…クレーマーそのものだと。

 

そもそも、マナーとは本人の善意によって成立することであり、それが押し付けられることは、あってはなりません。

目の前で行われた横暴に対して、遺憾ながら声を上げることはできませんでした。

もし、これがマナーという名の一方的な価値観の押しつけだと声を荒げて糾弾すれば、

 

譲られた席に座ったお婆さんは罪の意識を覚え、席に座れなくなってしまうし

心無いマナーの暴力に屈した女の子の強要された善意は無に帰する

そこには誰も救われない、不幸な世界が広がるだけです。

 

もしもただ単に、若い人が混雑する電車内で座っている状況に対し、非難の言葉を浴びせただけなのであれば、反論できていたかもしれません。

 

その女性は三島駅で降車し、席を譲った女の子の親子は、沼津駅で降りていきました。席を譲ってもらったお婆さんは、沼津以西に向かったのでしょう。

心の中で、その女の子に

「よく耐えてくれました、あなたは立派です」

と、メッセージを送るのが手一杯でした。

「マナーハラスメント」は全国各地に

もちろん、こういう事例は、今に始まったことではありません。

「若者はお年寄りに席を譲るべきだ」という考えを押し付ける人から、若者が座席に座ることを許せなかったり、酷いケースに至っては、若者が座席に座っていることに腹を立て、傷害事件に発展するケースまであるほどです。

もはやそれは、マナーをいいように利用した迫害マナーハラスメントと言える社会問題ではないでしょうか。

 

電車やバスなど、車内でのトラブルは総じて、ワンクッションがないゆえに発生します。逆を言えば、ワンクッションさえあれば、トラブルに発展することなく、好意的な交渉が成立する事例ばかりです。

今回のケースも「このおばあさんに席を譲ってもらえますか?」とワンクッションがあれば、若い人がお年寄りに席を譲るという、心温まる光景に映ったことでしょう。

しかし、席を開けないことに、「最近の若者」「日本人は」と「周りに聞こえるように」愚痴りヘイトを煽った今回の件、もはやそこには席を譲らないことへの不満よりも、「最近の若者」「日本人」などを挙げ、それを貶める目的ともとれる、世代間相違による攻撃ともとれるケースでした。おそらく、ワンクッションを挟もうとする気は、更々なかったと思います。

 

身体が弱い人などには、優しくありたい。

決して、マナーを守らなくていい、弱い人に優しくする必要などないと豪語するものではございません。

しかし、それが暴走し、武器として使われることに対しては、毅然とNoと言っていかなければなりません。

このような悲しい事例は、世代間相違の溝が深いままである限り、残念ながら今後増えてくることが予想されます。

 

今回は、マナーという存在が、棍棒となって世代間相違の道具として使われることにならないよう、事例を共有するために、今回の記事の制作に至りました。

 

誰も幸せにしない、人の心に禍根を残すだけのマナーなど、いりません。

 

マナーが正しく運用され、マナーと言わずともお互いに快く心がけられる日を迎えるためには、世代を超え、互いを尊重し、理解し合うことが必要です。