クリエイターを、「食業」に。

サウンドクリエイターとしてフリーで活動する楽曲制作者、NR-Takaの、クリエイター問題に対してあれこれ考え、書き連ねるブログです

「わろてんか」から振り返るクリエイター業

皆さん、おはようございます。

f:id:nrts-creator:20171025203355p:plain

10月から始まった連続テレビ小説わろてんか」を毎日見ているのですが、本日10月25日のお話は、色々と考えさせられることがあったので、急遽記事にしました。

10月25日のお話とは

わろてんかのヒロイン、藤岡てんは、駆け落ちした相手、米問屋の北村家の跡取り、北村藤吉(郎)の家に嫁ぐも、親が決めていた許嫁とバッティングしてしまい、商い勝負で勝った方を正式な嫁にすると北村家当主から言い渡される。

その矢先、藤吉が高い値段で外国米や古米を買わされてしまうも、これぞ勝負の舞台とばかりに、どちらが多く捌けるかを勝負することとなる。

印象に残ったのは…

  • とにかく売ろうと思って、「安い米はいりませんか」と奔走するてん
  • 一方、許嫁の方は品物を前に控えめな姿勢
  • しかし古米、外国米を調理して試食させ、米を次々と売り捌いて逆転
  • 話の最後には、北村家の当主が直々に、商売とは何たるかをてんに語る

普通に見ている分には「商売のイロハがわからないのによく逆転勝ちしたな…」と思う話でしたが、共感を覚える話だと個人的には思いました。

とにかく売ろうと思って、「安い米はいりませんか」と奔走するてん

「安い米はいりませんか!」と周りに周知して奔走するそれは、「安くするので買ってください」という意味が込められているのはわかります。しかし、この言葉を聞くと、「安い値段で(普通の)米を売っている」ではなく「安い米を売っている」という意味合いに取られかねません。安いという言葉が、お値段がお得ではなく、修飾するそれの価値が低いという意味に取られかねないということです。

特にフリーのクリエイターで仕事を取りに行きたいという時に、仕事が欲しいがために自らの仕事の安さを売りにする展開は、まさに売ろうと思って自分を安くしているてんの奔走そのものだと思います。もちろん仕事は手に入りますが、報酬は少なく、クライアントの印象は悪く…逆に安売りで仕事を得る姿勢を見て、『この人はいい仕事しそうにない…』と思われ、適った報酬を支払ってくれる有料なクライアントからの信頼を逃すかもしれません。

一方、許嫁の方は品物を前に控えめな姿勢

てんと比べるとアピールする力は弱いものの、まずは品物を見てもらって、見定めてもらい、何より、購入するかどうかを決めるのは買い手本人であるという雰囲気を作ること、これが商売の基本、と作中で当主が述べていました。

簡単に私生活に落とし込むと、電化製品を色々と見て吟味している時に店員が寄ってくるようなことがない、ということです。その代わり、必要とあれば店員を呼べる雰囲気も求められるでしょう。

しかし古米、外国米を調理して試食させ、米を次々と売り捌いて逆転

古い米、日本米とは違う米…普段の生活に縁遠いものをどうやって買わせるか…それを料理して振る舞うという実演をすることで、生活に取り込む敷居を取り去る…商売のイロハを知らず、不利な展開を強いられてきたてんが逆転した。

絵も動画も音楽も、クライアントが制作を依頼するのは、成果物を得ることで利益を得るからであり、どんな創作も、享受する本人に利益がなければ仕事を依頼されることも、成果物を購入されることもありません。

クライアントから仕事を振ってもらうためには、クライアントが求めるものに応える必要がある…クライアントが同業他社と比べ自分を選ぶことにどんなメリットがあるのかをアピールする必要がある…それは当たり前だけど難しいこと。

逆に、縁のない相手をクライアントに仕立て上げるには、クライアントの懐に飛び込む一撃を用意する必要があるでしょう。仕事を振っていただけそうなクライアントを狙うよりも難易度は高いですが、開拓次第でいくらでも増やせるブルーオーシャンとなる可能性を秘めています。

いずれにせよ、自分の仕事は何をもたらすのか、を自他共明確にする必要があるでしょう。

話の最後には、北村家の当主が直々に、商売とは何たるかをてんに語る

当然、調理に使った米や様々な食材といったコストは掛かりましたが、印象に残ったのは、投資することの大切さ。そして、投資したい時に投資できる行動力

仕事をする上で必要な出費を惜しまず、ここぞというタイミングで使う…それこそが商売で大切なこと。チャンスを逃せば、仕事を逃し、躍進の機会を逃します。

クリエイターとして仕事をする人に、チャンスをモノにしたいと思わない人はいません。コンペがたとえピュロスの勝利になろうとも挑む人がいるのは、チャンスをモノにしたいという思いからです。1つのコンペに全力で臨み、そのためなら出費をも厭わないそれも、十分投資に当たるでしょう。コンペが果たして投資に値するか、それはまた別の話でするとして。

投資するのは、何も額面だけではありません。

仕事に擲つ「時間」仕事に注ぐ「情熱」自分を動かす「体力」「精神」…これらを引っ括めて何というか…

です。

投資することの大切さ…それは、投資したいときに投資できるコストが手元にある事。

コストダウンが大切とは言いますが、それはあくまでも仕事を健全に進める上でのムダを省くことであり、コストダウンありきで物事を考えると、絶対にスタミナ切れを起こします。過度な倹約、目的のない節約のようなものを批判するのは、無闇なコストダウンをすると、必要なコストそのものを削減しかねないからです。

 

…そんなことを、朝に考える1日でした。

でもなんだかんだで、連続テレビ小説はクリエイターに一考の機会を与えることが多い気がします。マッサンとか…

有名人をモデルにした話が多い、というのもその理由かもしれませんが、今のクリエイターには、技術の追求以外に必要とされるものは多く、それはクリエイター個人だけではなく、業界全体に求められているからなのかもしれません。

会社に所属し、制作に従事するための椅子は、昔に比べてずっと減ってしまったのに、その当時のクリエイターの在り方が、通用するとは思えませんからね。

 

その椅子が再び増えるに越したことは、無いのですが…