ソロストリングス音源「Sacconi Qualtett Library」を使ってみた
皆さん、おはようございます。
ストリングス音源…
美しさと感情とパワーと繊細さ、それらを詰め込んだ、音楽制作には不可欠な音源。
生楽器系を得意とし、特にストリングスの扱いに長けるNRTサウンドとしては、ストリングス音源の質そのものが作品に大きな影響を及ぼすと言っても過言ではありません。オーケストラ系の曲、劇伴音楽、歌もののバックオケに…引き手数多のストリングスは、まさに音楽制作の核を成す音源と言ってもいいでしょう。
しかし、ストリングス音源は、値段の高さもさることながら、その音質も注視されます。本格的な音楽制作を始めて間もなく10年…それでもなお、手元にあるストリングス音源には納得に至っておりません。
今回は、今年2月頃にソロヴァイオリン音源として販売を開始し、6月にカルテットが揃ったことで一括しての販売に至った、Spitfire Audio社のソロストリングス音源「Sacconi Qualtett Library」についてレビューしようと思います。
もレビューしようとしないんだもん…
これがSacconiだ
Sacconi Qualtett Library(以下Sacconi)は、第1バイオリン、第2バイオリン、ビオラ、チェロのソロストリングスカルテットを収録した音源です。インタフェースにも書かれている通り、イギリスのウィグモア・ホールで収録したことが売りとなっています。
こちらの音源は、みんな大好きクリプトンフューチャーメディア社で販売されています。フォーマットはKONTAKTなんですが…気になるのはサンプリング素材という表記。
KONTAKTで立ち上げるソフトウェア音源は多いですが、Electri6ityやAcou6ticsのようなものもソフトウェア音源というカテゴリに属しています。では、なぜこれはサンプリング素材なのでしょうか。
それは、上の画像を見ればわかると思いますが、ソフトウェア音源はライブラリ一覧に登録されますが、これについては、ファイルブラウザから直接.nkiファイルをロードする形になります。そうすると他のKONTAKT用ソフト音源と同様にロードされますが、やっぱり慣れているあの感じじゃないところがちょっと馴染みにくいですね。
内部構成について
フォルダの中身は、こんな感じになっています。
Sacconiフォルダ
- Instrumentsフォルダ:この中に.nkiファイルが入っています。
- Sacconi_日時フォルダ:音素が入っています。基本的にアクセス不要
Instrumentsフォルダ
- main micsフォルダ:6種類の異なるマイクで集音した音を独立して調整できる
- stereo mixesフォルダ:ステレオ配置した2種類のマイクで集音した音を使う
後述しますが、ステレオミックスのほうが動作は軽くなります。
各ミックスタイプのフォルダ
- individualファイル:後述するインタフェース上で奏法の切り替え、及び使用・不使用の選択が可能なタイプ
- Playableファイル:主に演奏用に使われる。DAW上での制作には不向き
- individual Blushesフォルダ:各奏法用の.nkiファイルが収められている
- individual Patchesフォルダ:ver1.1で追加された、アンサンブルの.nkiが入っている
- other brushesフォルダ:各楽器ごとのIndividual COG.nki、Individual TM.nkiが入っている
Other brushesフォルダ
- Individual COGファイル:上層にあるindividualと一緒
- Individual TMファイル:スピッカートやピチカートなど、短い音素の奏法のみを収録
individual Patchesフォルダには、ver.1.1で追加されたアンサンブル用の.nkiが入っていることから、今後何かしらの機能追加があった際は、このパッチフォルダが更新されると思われます。
インタフェースを見てみる
全容
左側部分
- 現在設定されている音色です
- 現在選択されている奏法です
- 左右ドラッグでキースイッチの位置をシフトします(individualのみ)
- 左右ドラッグでアーティキュレーションをシフトします(individualのみ)
- キースイッチの位置などのエディットを固定します
1上部にあるアイコンをクリックすると、マイクのミックスやアーティキュレーションのオンオフなどを表示する画面になったり、簡単に演奏者と聴衆とのマイキングを調整できるイージーモードに変更することができます。
ミキサー部
画像はInstruments main micsのミキサー部分。
- C:Close mic 最も近くで集音したマイク
- Cr:Close Ribbon 近接で集音したリボンマイク
- St:Stereo Mics 少し離れた位置から集音したマイク
- T:Decca Tree イギリス・Decca社の傑作マイクを3本立てて集音
- A:Ambients アンビエントマイク
- O:Outriggers 張り出しという意味を持つ、最も遠いマイク
上に挙げたものほど楽器との位置が近く、下に挙げたものほど遠くなります。
楽器に近い場合、弦の質感が見えるドライな音になり、中ほど2つのマイクはルーム感のあるまろやかな音、遠くなるほどホールのリバーブを含んだウェットな音になります。
上のゲージはフェーダーの役割を果たし、調整することで距離感を変えることができます。また、名称の上にあるボタンは、クリックひとつでフェーダーはそのままに、音のオン・オフを切り替えられます。但し、メモリのパージとリロードを行うことになります。
Instruments stereo mixesの場合
- SC:Stereo Close 近接音のみ
- SF:Stereo Full 近接、アンビエントを含む
どちらかしか選べませんが、プリセット(後述)で「Power」を選択した場合に限り、両方をオンにすることが可能です。
オプション部
Presets
Laptop(ノートPC)~Power(ハイエンドPC)用のセッティング、ショート、ロング、デコレーションなどの奏法ごとに統一したプリセットを呼び出します。
Laptopにした後、すべてのマイクチャンネルと奏法を読み込んでも、Powerにしたあとですべてのマイクチャンネルと奏法を読み込んで同じ設定にしても、動作に差が出ることはありません。マイクチャンネルを追加したり、奏法を多く読み込んだりすればその分だけパフォーマンスの高さが要求されます。
Purge unused
使っていない奏法のメモリをアンロードします。
Transpose
CC mapped vel.
オンにするとベロシティをモジュレーションホイールで担います。
ラウンドロビン
簡単にいえば、同じ音階、同じ奏法で弾いた音素を複数用意し、順番にもしくはランダムに使うことで、同じ音素が連続する不自然さを和らげることができる機能です。
Ex.ラウンドロビン
弾いている音の近くの音階のラウンドロビンを借用するなどの選択が可能です。
但し、弾いている音に近い、別の音の音素をトランスポーズするため、不自然さを感じることがあります。
ラウンドロビンのオンオフ
オンにする(デフォルト)ことで、ラウンドロビンを有効にします。
ラウンドロビンの数字は奏法によって変化します。
ラウンドロビンのリセット
オンにした場合、指定されたキーを押すことでラウンドロビンの順番を即座にリセットします。ラウンドロビンは人間らしい演奏を匂わせる要因になりますが、場合によってはラウンドロビンの音素がコレジャナイ感をもたらす場合があります。
Reset on Transport
オンにしている場合、DAWで再生の都度、ラウンドロビンの再生順をリセットします。
前述のReset fromをオンにしている場合は、絶対にオンになっているはずです。
コントロール部
右クリックすると「コントロールチェンジにラーニングさせる」「割り当てられたコントロールチェンジを削除する」ことができます。midiキーボードについているスライダーやダイヤルに割り当てたい場合、右クリックで「コントロールチェンジにラーニングさせる」をクリック後、対象となるmidiコントロールを操作することで、そこにアサインすることができます。
Dynamics
音の強弱を設定します。単純に pp << mp mf << ff です。
デフォルトではモジュレーションホイールに設定されています。
Vibrato
ビブラートのかかる強さを設定します。
読み込んだ直後はマックスになっているので、最小にした後にmidiコントロールを割り振るのがいいでしょう。マックスになったままだと、連続した音同士がつながりません。
Release・Stretch
ADSRのリリースタイムに当たる部分です。
Individual TMを選んだ場合、ここがStretchになります。
Stretchは、ショートノートのリリース感に関わります。右に振ることで短く、左に振ることで長くなります。スタッカート・スピッカートの場合はリアルタイムで調整できるように設定しておくと楽かもしれません。
Expression
アーティキュレーション
キースイッチに対応しています。この情報がなかったので購入は躊躇いました。
前述したキースイッチのシフトをすることで、任意の場所をキースイッチの始点にすることができます。一番左、スピッカートのキースイッチをC0にすると、その横のスタッカートはC#0を、更に1つ横のピチカートはD0を押すと切り替わります。もちろん、使わない奏法はオフってメモリの節約に。
アーティキュレーションは左から
- スピッカート:跳ねるような極めて短い音
- スタッカート:短く弾く音。スピッカートよりは長い
- ピチカート:弦を指で弾くピチカート奏法
- バルトークピチカート:弦を摘んでバチィン!とやる激しいピチカート
- コル・レーニョ:弓の木の部分を使うスタッカート
- ハーモニクス(ショート):スタッカートのハーモニクス奏法
- ロングノート:主流となる音色。至って普通な奏法
- マルカート:1音1音をはっきりと演奏する、輪郭のある奏法
- フラウタンド:掠れるような音
- ハーモニクス(ロング):ロングノートのハーモニクス奏法
- トレモロ:同じ音を連続して小刻みに擦弦する
- トレモロ(150bpm):テンポ150の16分刻みのトレモロ。
- トリル・マイナー:短2度音程でのトリル(例:DとD#、EとFなど)
- トリル・メジャー:長2度音程でのトリル(例:DとE、EとF#など)
実際に使ってみた
使う上で大切なのは、以下の要素です。
- キースイッチの位置変更
- アーティキュレーションのオン・オフ
- マイクチャンネルの調整
- ダイナミクス・ビブラートなどのコントロール部のアサイン
キースイッチはスピッカートがA#-1に来るように設定しています。これより上だと、キースイッチの範囲がC1以上を侵食してしまいます。C1はチェロの最低音域です。低すぎると88鍵のmidiキーボードをもってしてもトランスポーズしないかぎり届きません。
トリル・メジャーがチェロの音域ギリギリB0に収まり、ピチカートがC0、ロングノートがE0、マルカートがF0と比較的わかりやすいA#-1スタートに設定してあります。
奏法は、バルトークピチカート・フラウタンド・コルレーニョ・トレモロ150bpmのように、直感で使いそうにない物はアンロードしておきます。それらをフル活用する楽曲が作れるようになるのは面白そうですが。
マイクの調整については、ひとまず全開ですが…当然ですが、全チャンネルをオンにすると、発音数(ボイス)は最大6倍になります。なので…
ちょっと速いパッセージを弾いただけで、発音数(ボイス)がすぐ最大に…
ちなみに、メインマイク、ステレオミックスともに、ロングノート以外は1音につき1ボイス発音されます。「ドレミファソー」と普通に弾くと、弾いた5音×マイクチャンネルの数だけ発音数が増えます。しかし…
ロングノートの場合、1音で9ボイス
というトンデモ仕様なので、上画像のようにマイクチャンネルを6つ全開にしておくと、1音弾いただけで54ボイス発音するという状況になります。そりゃ重いわけです。
この音源の欠点
印象としては、高い、重い、扱いにくい(偏見)という、Hollywood Stringsをリスペクトしているような感じがします(それでもキースイッチでアーティキュレーションを随時変更できるので助かりますが)。ロングノートはダイナミクスとエクスプレッションで強弱を担うのに対し、ショートノートはベロシティが発音の強弱に関わってくる点が似ています。
で、この音源の欠点なのですが、冒頭で述べた「サンプリング音源」足らしめる設定。他のKONTAKT用音楽ソフトウェアのように、ライブラリ一覧に並んで欲しかった。
そして、第2バイオリンがいるという時点で当たり前ですが、パンが固定されていること。バイオリンソロで使おうにも、そのまま使うとDAW上でパンをセンターにしても、容赦なく左から聞こえてきます。マイキングが調整できるたぐいの音源は、パンが固定されていると言っても問題無いでしょう。
音素についても、音を外している音素があったり、ロングノートが途切れる、S/N比が悪いのか、近接マイクでは「サーッ」というノイズが目立ったりと、辛い点が目立ちます。
演奏についても…バイオリンであるべきポルタメントがなく、ピッチベンドが効かないのは致命的です。Ver.1.1にバージョンアップした際に「ポルタメントとデタシェを追加しました」という旨のメッセージを確認していますが、その動作は確認できていません。もしくは、確認できるには程遠いほど、弱いです。
そして何より…
とにかく重いことです。
メモリといい、CPUといい、とにかく食います。
ロングノート1音で最大54ボイスって一体何者なんですか?
リアルタイムで演奏したり、再生するとCPU処理が追いつかずノイズが出ることがあります。マイクを減らせば抑えることはできますが、音の豊かさは劣ります。
あとは、ざらついた感じの音なので、クラシカルなストリングスを求める場合、好みが大きく分かれると思います。個人的にはLASSのようなザラついた質感のストリングスが欲しいとは思っていましたが、あくまでもポップスでの使用に耐えうる事が前提であり、ポップスで用いるには辛い音源です。
結論
- ポップスでソロで用いるのには不向き
- 音は決して悪くないが、音質も人の好みが分かれる
- とにかく重い
何を今更な気はしますが、現状ではおすすめできる音源ではありません。
2016年6月に出たばかりで、記事作成段階で1ヶ月ちょいなので、今後新しいアーティキュレーションパッチの追加やマイナーチェンジなどで改善していくことに一応期待しておきます。
記事作成時点で、同社からチェンバーストリングス音源がセール価格で発売されたのですが、音はいいですが不安を感じるのは否めません。ただ、マイクが3種類に減ることから、動作はそれなりに軽くはなるはずです…余裕があれば手を出してみるのも1つかもしれませんが…余裕?ありませんよ。
要望
- レガート演奏の追加
- ピッチベンドの有効化
- ポルタメント奏法の追加
- ロングノートの発音数の是正
- 関係ないが、サイトの作りをもっとわかりやすく
ポストLASSを求める、ソロストリングス音源の探求は、続く…
最後に、30分で作ったサンプル曲のSacconi版と、VSL版を置いて締めたいと思います。(音源そのものを聴かせる目的のため、Sacconi版の方にはリバーブやEQなどの音質調整のエフェクトを掛けていません。)
長らくのおつきあい、ありがとうございました。